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第2クール第10日 折り返し点

1クール3週間、21日として、だいたい今日が中間点。このクールの折り返し点にかかりました。はじめてのドライブコースは長いけれども、折り返して帰るときにはあっという間に感じるように、今回の治療はあっという間に中間点まで達したように思います。抗がん剤治療も二度目ともなれば、前のクールに比べて心の余裕があります。

今朝は血液検査がありました。骨髄抑制は少しずつ進んでいるようです。白血球は基準値以内でしたが、赤血球は相変わらず基準値よりも下で、前回採血した22日よりも少し数値が悪くなりました。ヘモグロビンがなかなか10g/dlを超えてくれないので、長いこと歩いたりすると息が切れます。また血小板も基準値を割り13万にまで落ちてきました。まだ基準値を少し割っただけですが、10日前は36万あったのですから、ざっと3分の1になったことになります。

前回は第3回目のジェムザールを投与できないくらい骨髄抑制が進んだわけですが、今回はどうなるでしょうか。月曜日にあらためて採血をして最終的に判断をすることになりました。そして、それまでは特に何もないので外泊してもいいですよと主治医から言われました。どうしようかちょっと迷いましたが、やっぱり明日は家に帰ることにします。

前にも書いたように、病院が日常になってはいけないのです。このクールが終われば、長かった一連の膀胱がん治療に一区切りつきます。いよいよ最終コーナーが見えてきたのです。だとしたら、少しずつ、気持ちだけでも日常生活に戻るための努力をしていかなければなりません。外泊はそのためのいい機会になりましょう。

第2クール第9日 ニャン太

病院に向かうニャン太
今日は入院日記ではなく、我が家の猫が手術を受けた話を書こうと思います。

我が家にはニャン太という老猫がおります。齢13ですから人間の歳にして70歳くらいでしょうか。大きな病気をすることもなく安楽な日を送っておりましたが、しかし齢も十数年となると、生来の活発さがなくなり、ひなが一日寝て過ごすことも多くなっておりました。

先日、ぼくが三週間の入院を終えて自宅に帰ると、ニャン太は右の目からは涙を流し、クシャミをしているではありませんか。風邪でも引いたのかと聞くと、嫁さんははじめて知ったとばかり驚いておりました。数日は様子を見たけれども、なかなかよくならないので、ともかく動物病院に連れて行って診断を仰ぐとこれがなかなか重症でした。

先生の曰く「歯周病にかかっており、その菌が歯頸を貫いて鼻腔まで達し、このようなクシャミをして、涙が流れている」と。また血液検査の結果、老齢によって腎機能が低下しており、通常のエサではなく腎臓病の治療食に切り替えなければならないとのことでした。体重も随分減っており「エサを食べていましたか」と問われても、ぼくはもとより嫁さんも答えられませんでした。猫のことにかまっていられないほど、彼女も生活にくたびれていたのです。

治療するには悪くなった歯を抜いて、菌の鼻腔への浸潤を防ぐことが必要で、その手術日は24日と定められました。また治療食への転換も同時に進めなければなりませんでした。ニャン太は、歯の痛みに加えて突然のエサの切り替えに戸惑い、数日はほとんどエサを食べず心配をしましたが、だんだん痛み止めの注射が効いて治療食にも慣れたか、エサの量が増えてきて安心をしました。

やがてまたぼくは病院に住まうことになり、果たして昨日嫁さんは彼を動物病院に連れていき、一日入院させて今日連れて帰りました。手術はなんとか終わり、術前は絶食だったせいもあって、エサをがっつくように食べていると報告を受け、安心しました。一方、その手術代については愕然としました。が、それも仕方ないかと請求通り払わせました。

ニャン太は2001年秋、まだ生後数ヶ月の時に店先の道路にぽつねんと立っていたのを保護し、以来里親を探すこと数週間を虚しくすごすうち、たいていの猫飼いの例にもれず、情が移って我が家の飼い猫となりました。

子どものいない夫婦にとっては、我が子同様、動物病院での戒めを守り、屋外に出さず、人の食事を与えず、プレミアムフードをあてがい大事に育てました。後年、諦めていた人間の息子ができて、親の愛情がそちらに自然と移ってしまったのですが、子どもに危害を加えることもなく、かえって子どもに虐められてもするりと抜けだして距離をおくなど、温厚にして聡い猫でありました。

いたずらもよくし、我が家の壁は彼のツメによってぼろぼろですが、お腹が空くと騒ぐこともなく皿の前にじっと座ってエサをくれるのを待ちつづけ、ぼくがあぐらをかくと必ずその間に納まって喉をならし、床に横になればしめたとばかり腹の上に乗って寝息を立て、お風呂に入ろうとすると必ずついてきて浴槽のお湯を飲むのが大好きな、愛すべき猫です。

なんといっても彼はやはり家族の一員、いってみれば我が家の長子でもありますから、まだしばらくは安楽な余生を過ごしてもらいたいのです。奇しくも、主人であるぼくがこうして病に伏せ、また彼も病にかかったのは、主人の痛みを少なからず彼が引き受けてくれたのかという気持ちもしないでもありません。だとしたら、多少の手術代を云々言うも詮無いかなと思うのです。

この手術の成功を吉兆とし、彼が無事家に帰ったように、ぼくもまた治療が順調に進み、家に帰られるといいなと思います。

第2クール第8日 ジェムザール2回目

点滴を打つ
今日はこのクール2回目のジェムザール投与の日です。午前9時半ころから生理食塩水の点滴がはじまり、ほどなくホルモン剤のデカドロンを30分点滴し、ついで抗がん剤のジェムザールを30分点滴しました。残りの生理食塩水を再び点滴して、午前中のうちにはすべての点滴を打ち終わりました。治療そのものはなんということもありません。痛くもなければ苦しくもない。しかし、後々に骨髄抑制があったり、食欲不振が湧いてくるのです。それがわずか100ccほどの点滴、実際にはほんのわずかな薬剤によって引き起こされるのですから、なかなか不思議に思います。

食欲は吐き気止めの薬効もあってか、今朝はようやくやや改善したのですが、今日の点滴でまた悪くなるのかもしれません。これもまた実に不思議で、入院直後はおいしく食べられて量も足りないくらいに思えていたのが、今や一膳のご飯を平らげるのにもいろいろ工夫をしてようやく食べているのです。気分的なものもあろうかと、気合を入れて食べてみたりするのですが、精神力だけではなかなか食欲は回復しませんね。

ぼくなどは、転移はあるともないともいえない状態で治療を受けているので、こうして不思議不思議で済ませることもできますが、一度転移が確定して化学療法を以って制するしか途がない状態であるなら、こう安穏と日々過ごしていられるだろうかとも思います。いや一方で、人間というのは案外タフで、今際の際までは毫も死ぬとも思わずに暮らせるものなのかもしれぬと思ったりもします。

実際、健康な人から今のぼくを見れば、大手術もして抗がん剤まで打っておるような病身では、その命数も限りあるように思われているかもしれません。しかし当の本人は、もはや天命ここまでなどとはちっとも思っておらず、明日もまた当然来るような気持ちで今日の退屈を嘆き、いかにして次の食事に立ち向かおうかなどと考えているのです。

人というのは案外どんな環境でも安楽に過ごせるものということを知り、他人の境遇を羨んだり、自分の幸せを押し付けたりしてはいけないと、こうして大病をし、齢を重ねることでようやく身にしみて感じることができたのです。これもまた万事塞翁が馬というものでありましょう。

次回金曜日には採血をして骨髄抑制がどれほどかはかり、結果が良ければまた外泊もできるかもしれません。

第2クール第7日 もってきてよかったステンレスマグ

ステンレスマグとマグカップ
今回持ってきたものの中で便利に使っているのが、わずか容量200cc、象印のSM-EB20という小さなステンレスマグです。

入院中、時々あったかいコーヒーとか飲みたくなると、1階か屋上階にある自動販売機でカップ入りのコーヒーを買っていたのですが、あんまり不経済なので、インスタントコーヒーを家から持ってきてお湯を注げばいいじゃないかと思いました。

お湯を調達するには病棟の真ん中にある食堂に給茶機があって、そこで熱湯をもらうことができますが、注ぎ口の高さが低くてコップか急須しか入らないのです。前回、350ccくらいの水筒を持っていったのですが、どうやってもお湯が入らないので、コップに湯を入れて病室まで持って行っておりました。ただどうにもスマートじゃないので、退院している間になるべく背丈の低いこの小さなボトルを買ったのです。

これが目論見通り給茶機の注ぎ口にピッタリの高さでした。蓋をして病室まで持っていけばこぼれることもないし、しばらく保温もできるので、飲みたいときにコーヒーを作ることができます。同じインスタントコーヒーを作るにも病室で作るのと、食堂まで行って作るのでは気持ちもちょっと違うものです。

コーヒーは胃を活性化するともいうし、朝食後に松江市街を見下ろしながら優雅にコーヒーを飲んだりしています。もっともその食事がまだなかなか食べられないんですけど…。もうそろそろいけるだろうと毎食戦いを挑んでは敗れるの繰り返しで、いささか気も滅入っています。今日はとうとう吐き気止めの薬も再開してもらいました。

まだ髪の毛は抜けてないし、ほんと食の問題だけなんだけどなあ。

第2クール第6日 相変わらず食えねえ…

ガリガリ君キウイ味
相変わらずの食欲不振が続いていますが、同じ食べられないにも前回とちょっと様相が違っていて、前は食べる前から匂いが気になるとか、喉を通らないとかの方が激しかったのですが、今回はまず最初に食べることはできるのだけど、そのあとの猛烈な胃もたれがきて悩まされております。どちらもキツイのですが、食べたら胃もたれがくるのじゃないかというトラウマはなかなかのもので、今回はあらゆるものを食べたくないような気がするのです。

唯一安心して食べられるのが、かき氷系のアイスで、昨日も今日も売店に売っているガリガリ君だけは美味しくいただいております。もっともかき氷だけでは栄養がありませんから、病院食をなんとか工夫して、ご飯だけでも食べて、あとは吐かないように我慢しなければなりません。今日の夕食など汁物がないので非常に苦労します。そんな時は家から持ってきたお茶漬けのもとを使って茶漬けをつくり、ご飯だけはなんとか食べたのですが、まだカロリー不足には違いありません。

前回の経験ではもうそろそろ食べられるようになってくるとは思うのですが、すべてが以前と同じようにはいかないみたいです。この吐き気さえなければ、何をするのも自由で快適な暮らしなのですが…。

今のところ食の悩みが一番なのですが、そうして悩んでいるうちに次のジェムザール投与の日が近づいて来ました。そのための血液検査を今朝受けました。その結果、白血球3.0。赤血球3.16(ヘモグロビン9.9)。血小板23.1万。白血球と赤血球は基準値以下になりましたが、血小板は正常範囲ということで、水曜日に予定通り第2回目のジェムザールを行うことになりました。それまでに少しでも食欲が回復していればいいのですが…。

第2クール第5日 一時帰宅

ホウセンカ
今日は外出許可をもらい、一時帰宅をしてきました。

といっても、ほとんど家で寝ていたようなものです。帰ってきたらもうそれだけで疲れてベッドに横になりました。

そもそも散歩があまりよくなかった。あまり食べられなかった朝食を下げて、私服に着替えて家に連絡をしたところ、嫁さんは児童クラブの用事があるとかですぐには迎えに来れないという返事。それならそれで、ぶらぶら散歩しているから、どこか適当な所で待ち合わせようということにしました。

たしかい暑いけれども、雲も多少あって日差しは強くないし、調子に乗って歩いていたのです。まずは病院から1キロほどのところにあるマクドナルドに行き、そこで迎えに来てもらおうかと思ったけれども、連絡が取れないので、とうとう駅まで歩きました。たかだか全部で2キロほどの距離なのですが、思えば退院してからそんな長い距離を歩いたこともなかったので、最後の方になるとほとほと疲れました。

自分では元気よく歩いていたつもりなのですが、同じように橋をわたっている人との距離がどんどん離れていくのを見て、ああ疲れているんだと自分の体力の無さを嘆かざるを得ませんでした。

そんなわけで駅まで迎えにきてもらって、家に帰ったら速攻で寝てしまったのです。あまり食欲もないので食べる楽しみもなく、夕方ようやく会えた子どもたちと、多少の会話をしたのが唯一心の慰めになりました。そしてまた病院のベッドに戻り、ああつかれたと横たわっています。いったい何しに帰ったかなとも思わないでもありませんが、散歩で身体は鍛えたし、病院でただ寝ているだけよりはまだマシだったと思うことにします。

長男が学校で育てたホウセンカが花をつけていたので、家に帰った証に写真に撮っておきました。

第2クール第4日 外泊、外出に思う

あいかわらず食欲不振が続いています。今朝は少し胃の具合がよかったし、寝ている時にパンにかぶりつく夢をみたくらいなので、お腹も減っていたのでしょう、朝ごはんをだいぶ食べることができました。しかし、その後がよくない。激しい胃もたれが延々と続き、昼の蕎麦もほとんど手を付けることができませんでした。夕食は汁気がないおかずで閉口しましたが、持参したお茶漬けのもとを使って、ご飯を無理やり胃に流しこむことができました。もっとも今はまた胃もたれと戦っているところではあります。

途中売店でかき氷のアイスとか、酸っぱい系の飴とか買って食べたら美味いし、ジュースなどもそれなりに飲めるのですが、なかなか今回は食べられそうなものを見つけることができません。

そんな状態ではありますが、主治医から
「来週になると血液状態が悪くなるかもしれないので、今週一度帰ってもいいですよ」
と言われました。最初に思ったのは
「別に帰らなくてもいいかなあ」ということです。
帰った所で結局は寝て過ごすだけかもしれないし、ものは食べられそうにないですし。けれども、それじゃいけない、夏休みに入った子どもたちに小言も言っておきたいし、家族の顔を見ておくべきだと、気持ちを奮い立たせ、明日一日だけ、外出扱いで病院を出ることにしました。

外泊できる、外出できるというのは、患者にとって喜ばしいことだとは一概に言えないこともあります。

先日、別の先生ではありましたが同室の患者さんにも同じように外泊を薦めておりました。
「来週になると抗がん剤がはじまってひと月は退院できんので、今週は帰ってはどうですか」
その患者さんは老齢でありますが割としっかりしておられる様子、しかし、帰ることにはあまり乗り気では無さそうです。
「わしは一人暮らしだし、帰ってもなんもすることはないけん、いいですわ。病人が帰れば、親戚のもんも気を使わにゃならんし」
年をとって一人暮らしでは確かにそうかもしれないなあと思いました。病院にいれば、三食準備されるし、何かあってもすぐに看護師さんが見てくれます。そして何より、家族ではない親戚のものの手を煩わせるのが嫌というのはありましょう。すでにその患者さんにとって、病院にいることが当たり前になりつつあるのです。

入院していると、どこか自分が病気であることに納得してしまって、その生活が当たり前になってしまうことがあります。ところが、外出すれば自分のことは自分で世話しなければならない、そのとき当たり前のことができなくなっている自分に気づくのも怖い。外に出ると、世間の厳しさが身に染むのです。

外出や外泊したあとに病室に戻ってくると、寂しい気持ちと同時にほっとした気持ちが湧いてくることがあります。けれどいつか普通の生活に戻るためにはその気持を克服しなければなりません。病院が日常になってしまってはいけない。それはわかっちゃいるんだけど、なかなかねえ…ぼくも病院が日常になりつつあるのかもしれません