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第2クール第12日 病院に帰る

外泊を終えて、再び病院に帰ってきました。今回は割と大丈夫と思っていたけれども、ちょっと動くとしんどかったりして、やっぱり体力は落ちているのだなあと実感した外泊でした。今日は朝に仕事をしようとデスクに向かい、ひと通りやることを終えてああ疲れたと思ったらまだ一時間ほどしか経っておらず、本当に回復できるのかと軽く落ち込んだりもしました。

昨日一緒に遊んだ長男は、なぜか今朝から熱を出してしまいずっと寝かせつけることになり、そのおかげで子どもと向きあう時間が多くとれたのは、今度の外泊で一番良かったことかもしれません。普段は家に帰っても、どこか病気の父親に遠慮しがちになり、あんまり寄り付いてくれなかったのですが、今回は長男は寝ていなければならないし、ぼくは疲れたらベッドに潜り込まざるをえず、寝ている間にいろいろなことを話せました。

長男は学校でも教室に入ることができなかったり、感情を爆発させたりと、なかなかの問題児で、親もほとほと困ったりしています。困ってはいるけれど、やはり解決のためにはこうして会話をし、心を触れ合うことだと思っています。今年に入って、ぼくはこうして入退院を繰り返し、思うように子どもたちと一緒に暮らせなかったのは、子どものためにもよくなかったし、自分にとってもとても残念なことでした。ほんの一週間あわないだけでも、ずいぶん成長したりしていることに気づきます。

またこうして病室に帰り、子どもたちとはしばらくお別れになりました。でも次帰ってくるときは退院です。退院したら、もっと子どもと向きあおうと思っています。

第1クール第13日 ふがいない父

血圧は上が100前後になり、体温も36度を切ることが多くなりました。なんとなく何をするにも億劫になり、動作がいちいち緩慢になり、いつの間にか深呼吸をしています。そんなだから、いつものシャワーを浴びるのも、今日は面倒くさいという気持ちが湧き上がって来ました。一方で夜間の尿漏れもあって、そのままにしとくのは気持ち悪いという思いもあり、結局はシャワーを浴びましたが、浴びたあとは疲れがどっと出て、しばらく横になっているような状態です。エレベータで下まで降りて、病院の外を少し散歩すると、もうそれだけで息があがっています。だいぶ貧血が進んだのだと思います。

とはいえ、4月に手術して、輸血を受ける前の貧血に比べれば、あの時はさすがに身体をおこすのさえしんどかったのですから、まだ全然余裕のはず。だから多少しんどくても、散歩をしたりストレッチはしておかなくてはいけないと思っています。動けるうちは動いておかないと、退院してからまた体力のなさに愕然とすることでしょう。

今日は子どもたちが見舞いに来ました。長男は一週間ぶり、先週宿題ができてなくて来なかった次男とは二週間ぶりに対面しました。久しぶりの対面に嬉しくて、ぼくがあれやこれや尋ねはするものの、子どもときたらなんということもない、父親へのいたわりの言葉ひとつかけるでもなく、ぼくのiPhoneを奪い取ってゲームに興じておりました。もっともぼくもこんな有様なので、声をかけるのも面倒くさくなり、ただゲームに興じる子どもたちを見守るだけではあります。

そのうち帰ることになり、下まで見送りに出かけました。長男はいきなり「ああ、つまらんなあ」と言いました。「これじゃ日記が書けんし」。毎週子どもたちは日記の宿題が出ています。日常のちょっとしたことを書けばいいじゃないかと思うのですが、子どもたちはどっか連れて行ってもらい、何かのイベントがないと書けないと言うのでした。

思えば、父ちゃんは今年に入ってから入退院を繰り返し、あんまり一緒に遊ぶこともできていません。たまに、どこかへ連れて行っても乏しい体力をあっという間に使い果たして「疲れた、疲れた」ばかり言ってましたしね。子どもから見たらふがいない父親に見えているのだろうなあ。もちろんいろいろ普段は気遣って、子どもなりに頑張ってくれていると思います。それでも今日は父親の前でたまらず「つまらん」と言わないわけにはいかなかったのだろうと思います。

子どもたちに「ごめんよ」と謝りながら、どうすることもできない自分に歯がゆい思いをして、去っていく後ろ姿をただ見送るのでした。

あいさつができた!

怒涛のような年末の仕事が終わって、新年を迎えました。今日明日はお店も完全休業をさせていただき、一年の中で唯一ほっとできる日を過ごしています。

この年末の繁忙期は、小学校二年生の長男がお店を手伝ってくれました。普段なら事務所に来ても、TV等に夢中でお客様がきても知らんぷり。「ここにいる以上はお客様に『いらっしゃいませ』の一言も言えないと困る」というと、今度はお客様がきたらさっと事務所から出て行っていくような、この子が、なんとこの年末にはあいさつができるようになったのです。

寒い中外に飛び出していって「いらっしゃいませ~」「ありがとうございました~」と大きな声がかけられるようになりました。まだ小さいマセガキが、そんなことを言うものですからお客様も「いよいよ後継者ができたな~」とか「こりゃお年玉たくさんもらえるぞ!」などと声をかけてくれます。それがまた、本人にとっては嬉しいようでした。

事故があってはいけないし、迷惑がかかってはいないか、心配もしたけれど、大きな声がでるようになった長男に素直に感動しました。彼が満足するようにできるだけやらせてあげることにしました。

長男は学校ではなかなか問題児で、すぐにキレたり自己中心的な性格から喧嘩をしたりして、昨年も何度学校から呼び出しを受けたかわからないくらいですが、こうしてあいさつができるようになれば、少しは変わってくれるのかなとも思ったりします。

本人は接客をゲーム感覚でやっていたのかもしれませんが、自分が声をかけて相手が反応して認めてくれることを喜びに感じることができれば、いいかなと思うのです。そこから先に、相手を思いやる気持ちや、相手の気持を推し量ることができるようになれば、きっと彼もかわっていけるのではないかと感じます。

冬休みに少し成長してくれた長男に、お客様の言葉通り、少しお年玉を奮発しましょう。

卒園式

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線路沿いにある倉庫だか住まいだかわからないような小さな家に住んでいて、そこにあった白黒テレビで「てなもんや三度笠」を見た。それがぼくの一番古い記憶です。Wikipediaによれば放送は1968年までの放送だったので、2歳の時の記憶でしょうか。そんなに小さかったかしらという思いもしますが、住んでいる年代は一致しているようです。

しかし、小さい頃の記憶というのは断片的です。次の記憶は保育園で鯉のぼりを作ったこと。幼稚園でもほとんど記憶にありません。卒園するようになって、ぼくだけが違う小学校に行くことになり、がらんとした教室がとても寂しかったこと。幼稚園の先生が大好きで、その先生とお別れするのが悲しくて泣いたことを覚えているばかりです。小学校に行くようになってその先生のお宅へ訪ねていったこともあるから、そういうことは覚えているのかもしれません。

下の子は昨日、卒園式を迎えました。入園した時にはまだおむつもとれていなかったのに、今日はしっかりと返事をして修了証書を受け取るその姿を見るのは、親として大変感慨深いものがあります。それは、携わってくれた先生も同じでしょう。

担任の先生は4年前に実習生としてこられて、正式な教員となり受け持ったクラスのはじめての卒園でしたし、その感慨もひとしおだったのでありましょう。子どもの名前を読み上げる時、感極まって言葉を継ぐことができなかった姿もまた涙を誘うのでした。

一方で子供たちはハキハキと受け答えをしていました。三学期に入って発表会が終わってからはずっと卒園式の練習をしてきたのだから、それをきちんとこなすことに全力を尽くしているのでしょう。そして、彼らには今までの思い出よりも大きな未来が待っているのですもの。感傷に浸るよりも希望の方が大きいのですもの。

自分の小さい頃の記憶の曖昧さを思えば、うちの子供たちが大きくなった時に、この日を覚えているかどうかも定かではないのだろうと思います。だから、父ちゃんは、若くても優しくて全力で向き合ってくれた先生のことや、一緒に遊んでくれた友達のことや、芝生のグラウンドで自転車に乗れたことや、がんばって跳び箱を8段飛んだことを覚えておこうと思います。

足掛け5年にわたったぼくらの子育て幼稚園編もこれで終わりました。小学校にあがればあがったで、上の子は課題にぶちあたっていますし、これからも色々あるのでしょうが、次の6年もあっという間なのかもしれません。

ものぐさじじいの来世

嫁さんが小学校で読み聞かせのかかりをしているので、たまに絵本を図書館から借りてきます。うちの子供たちは、借りてきた本を読んでくれとよくせがみます。特に下の子はすぐ読んで読んでといいます(もう今春小学校なんだから読めるようになれよw)。

先日もこれ読んでと一冊の絵本を持ってきたので、もうお父ちゃんは寝るんだが…と思いながらも「ものぐさじじいの来世」という本を読んでやることにしました。

しかしなんという絵本でしょうか。ものぐさで一日中布団にくるまっているようなおじいさんの話なんですが、絵がすごい。赤っぽい色を主体にした毒々しい絵柄で部屋がかかれています。床には芋虫やカタツムリが這い、蜘蛛の巣が張った部屋で、この世のものとは思えないおじいさんが布団にくるまっています。くるまっている布団にはキノコが生えているではありませんか。

こりゃまたひどい絵本だなと思いながら、「あるところに、ものぐさじいさんが住んでいました。じいさんは、若いときから、手足を動かしたり、人にあって話をしたりすることを、ひじょうにものぐさがって、いつもじっとしていることが好きでありました。…」と声に出して読んでやりました。

するとどうしたことでしょう、とっても読みやすい。文の区切りも、言葉の並びも素直で、大変読みやすいのです。抑揚をつけてやるのが楽しくてしようがない。文章をしゃべっているのに曲が流れるがごとく、音がポンポン響いている感じなのです。声色を変えたり、あえて句読点を外してみたり、歌うように読んでやると下の子に大受けでした。

ひどいと思った絵柄も、いつの間にかおじいさんの表情がやわらいだものに見えてくる不思議な魅力がありました。

一体誰がこんな文を書いたんだ。本を読み終わって興味深く作者のところを見ると小川未明の作でした。なるほど小川未明、日本のアンデルセンとも言われる作家ですが、声に出しても読みやすいとは。昔の作家はこんなところまで作り込んでいるのかしら。

お話の内容はなかなか深いです。小川未明の本は、内容がどこかつき放たれた感じがするんですよね。あとから考えさせるというか、そういうお話しが多いような気がします。まあたぶん子供にはそんなことは関係はないのでしょうけれども、もう少し大きくなって、父ちゃんがあんな話を読んでくれたなと、また読み返してくれたらいいな。

絵本で大事なことって何かなあと思いました。ぼくは子供によく絵本を読んでやるようにしているのですが、大人が読んでこれはいい、と思った本が子供には受けないこともあります。綺麗な絵だなあと思って読んでもダメで、子供が選ぶのはなんだか描き殴ったような絵だったりすることもよくあります。

でもなんだかんだ読んでやるうちに、読んでいてリズム感とか躍動感のある文章が大好きだということがわかってきました。深い内容などはわからないかもしれないけれど、音として捉えることで、そのフレーズが印象に残ることになるようです。だから擬声語とか、繰り返しの言い回しとか結構受けます。

読み聞かせというのは、お話しの内容を理解してもらうよりも、言葉遊びのひとつみたいな感じでやればいいのではないかなと思っています。そうすれば、大人も気楽に楽しめますし。そしていつか言葉の面白さに気がついて、自分から読んでくれたらいいなと思うのです。

NHKオンデマンドがiOSでも見られるようになるそうな

NHKオンデマンドを契約しています。

テレビがワンセグしかないという家で、それであんまり困ってもいないのですが、やっぱりNHKのドキュメンタリーなんかはいい番組も多いので、契約しました。どうも去年の5月から契約しているようです。月日が経つのははやいなあ。

ぼくが契約しているのは特選見放題パックで、こちらは放送から3ケ月以上経ったものや過去のアーカイブが月額945円で見放題というものです。見逃し見放題パックというのもあって、本放送から2週間程度見逃した番組やニュースを見られるサービスもあります。

うちでは結構子供たちのほうがよく見てたりします。特に長男は自然とか動物のドキュメンタリーが大好き。「ダーウィンが来た!」とか「生きもの地球紀行」は配信されている番組をほとんど制覇していまいました。

ただ問題は子供たちが視聴しているとき、PCを明け渡さなければいけないということ。HDDに入っている動画ファイルならPCをサーバーにしてAirVideoなどのアプリでiPadで見せたりもできるのですが、NHKオンデマンドはFlash Playerが必須なのでiOSでは視聴できなかったのです。今までは。

しかし4月からNHKオンデマンドがiOSでも見られるようになるそうです。

平成24年4月の取り組みについて – NHKオンデマンド ブログ

タブレットに最適化されたWebサイトのほか、アプリも開発中とのこと。これは結構うれしい。PCを開かなくてもiPadで手軽に見られるようになれば、子供たちはもちろんぼくもより一層利用するようになりそうです。

欲を言えばもう少し番組数を増やして欲しいかなというのはあります。朝ドラでも「ちりとてちん」はあるけど「だんだん」はないとか、残念なところはあります。子供番組ももう少しあったらなあ、「ナディア」が配信できるならほかのアニメだってできそうな感じもしますが。権利上の都合もあるんでしょうけど。

今やテレビ番組なのにテレビがいらない時代になりました。ラジオを聞くのだって、サイマル放送があってモバイル端末で聞くことができます。電波を使ったメディアというのがどんどん変わってきていることを実感します。なるほどテレビが売れなくなるのかなあとも思います。

夕食前に長男を叱った話

夕ごはんの時間になったので仕事を終えて上がってみると、部屋ががらんどうでした。こたつは片付けられて、窓が開け放たれてました。嫁さんはプンスカしているし、長男はいないし、次男は泣いていました。

事の発端は長男が自分のミニカーをなくしたそうで、それを次男に探させたあげく、それでもないので、次男のミニカーを取ってしまったそうです。長男は「これは交換したものだ」と言いはり、次男は「あげてない」と言いはり、やがてパンチキックの応酬となったそうです。怒った嫁さんは「ケンカするならおもちゃは全部捨てる」と言って一切合切ゴミ袋に捨ててしまったのでした。次男は泣き出し、長男は家を飛び出したところにぼくが帰ってきたというわけです。

ぼくが帰ってきたので、夕食の茶碗が並べられましたが長男はいません。嫁さんは「帰ってこなくてよろしい」と怒っていますが、そういうわけにもいきません。次男は「お兄ちゃんがいなくなったらどうしよう」と言っています。二人で探しに行きました。

長男は近くの駐車場に続く階段の上で、薄い普段着に裸足のまま、ふてくされていました。

家に帰り、なぜ怒られているのかわかるかと聞きました。それはわかると。
「悪いのは母ちゃんか」「いいえ」
「悪いのは弟か」「いいえ」
「それでは悪いのはお前になってしまうが、それでいいのか」「はい」
「ならきちんと謝れ」
長男は母親に「ごめんなさい」と言うと突っ伏して泣きました。
嫁さんは「まだ弟に謝ってないじゃないか」と畳み掛けましたが、本人のプライドがあるのでしょう、長男はけっして弟には謝りません。「ミニカーを取ってしまったでしょうが!」。

すると、次男が悲しそうな顔で言いました。
「あれは交換したものだから、いいよ」
嫁さんは呆れた顔をしました。その言葉は兄がこれ以上叱られないように、かばって言っていることが明白だったからです。
しかしそうではあっても、今度は次男に問いたださなければならなくなりました。
「本当に交換したのか」「はい」
「お兄ちゃんをかばって言っているのか」「いいえ」
「そしたらお前は嘘をついたことになるがどうだ」「嘘をつきました」
「本当に交換したのならケンカなんかしないはずじゃないか」「ごめんなさい」
涙を拭き拭き、とうとう最後まで兄をかばいきったのでした。

嫁さんは「お前は優しすぎる」と泣き出しました。叱っているこちらのほうが後味が悪くなってしまいました。思わぬ弟の弁護で、結局そのまま沙汰止みになり、冷えたご飯をみんなで黙々と食べました。

プライドだけは高く絶対に頭を下げない長男、誰にでも優しくお人好しにもほどがある次男。足して2で割ったらちょうどいいのに。

願わくば弟の優しさが兄に届きますように。