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第2クール第13日 骨髄抑制進む

病院に戻って最初の夜は、どうしても気持ちが後ろ向きになりがちです。

深夜に起きだしてトイレを済ませたら、廊下にあるベンチに座って北の方角をしばらく眺めていました。まだ暗い町並み、人通りもない交差点に点滅し続ける信号だけが時間の経過を告げています。もう何度も見てきましたが、もうすぐこの風景も見納めになるかと思うと、なんだかぞっとするものを感じました。本当に退院してもやっていけるだろうかという気持ちが沸き上がってきます。病院が日常になってはいけないと戒めながら、すっかり病に取り込まれてしまっているのかもしれない。しっかりしなければという気持ちだけが上滑りしています。

今朝の血液検査の結果は、白血球は基準値以内でしたが、赤血球はだいぶ下がってきて、ヘモグロビンは8.3gとこの治療を初めて以来最低の値になってしまいました。いろいろな動作がしんどいはずですが、実は前回よりも少し楽に思います。貧血は意外と慣れるもので、大きな動作さえしなければ、まだ大丈夫なようです。血小板は10万を切ってきましたが5万以下でなければ安全圏内。骨髄抑制は確実に進んでいるけれども、白血球と血小板はまだ大丈夫なので、予定通り水曜日に3回目のジェムザールを投与することになりました。

もう最後でもあるので、3回の投与でがくっと値が下がったとしても、血液が回復するのをじっくり待てばいいという判断なのでしょう。今は目の前の治療を全うすることが大切なのかもしれません。今後のことを思い煩うのはもう少し先のことにしようと思います。

第2クール第12日 病院に帰る

外泊を終えて、再び病院に帰ってきました。今回は割と大丈夫と思っていたけれども、ちょっと動くとしんどかったりして、やっぱり体力は落ちているのだなあと実感した外泊でした。今日は朝に仕事をしようとデスクに向かい、ひと通りやることを終えてああ疲れたと思ったらまだ一時間ほどしか経っておらず、本当に回復できるのかと軽く落ち込んだりもしました。

昨日一緒に遊んだ長男は、なぜか今朝から熱を出してしまいずっと寝かせつけることになり、そのおかげで子どもと向きあう時間が多くとれたのは、今度の外泊で一番良かったことかもしれません。普段は家に帰っても、どこか病気の父親に遠慮しがちになり、あんまり寄り付いてくれなかったのですが、今回は長男は寝ていなければならないし、ぼくは疲れたらベッドに潜り込まざるをえず、寝ている間にいろいろなことを話せました。

長男は学校でも教室に入ることができなかったり、感情を爆発させたりと、なかなかの問題児で、親もほとほと困ったりしています。困ってはいるけれど、やはり解決のためにはこうして会話をし、心を触れ合うことだと思っています。今年に入って、ぼくはこうして入退院を繰り返し、思うように子どもたちと一緒に暮らせなかったのは、子どものためにもよくなかったし、自分にとってもとても残念なことでした。ほんの一週間あわないだけでも、ずいぶん成長したりしていることに気づきます。

またこうして病室に帰り、子どもたちとはしばらくお別れになりました。でも次帰ってくるときは退院です。退院したら、もっと子どもと向きあおうと思っています。

第2クール第11日 市民レガッタを見に行く

市民レガッタ
今日から明日にかけては、病院を離れて家に一時帰宅することになりました。朝ごはんを食べて、私服に着替え、荷物をまとめて、またぶらぶらと歩いてみようかと思っていましたが、早朝から激しい雨になり、その後の空模様も怪しかったので、嫁さんに迎えに来てもらいました。

今回は割と大丈夫と思っていたものの、だいぶ貧血も進んでいるようで、病院の駐車場までの道のりはだいぶきつかったです。それでも、これで帰って寝てしまうと前回と同じようにダラダラ過ごすだけになってしまいそうなので、午後から退屈していた長男を誘って、松江市民レガッタを見に行きました。

松江市民レガッタは、事前に申し込んだ市民チームが四人乗りのナックル艇を使って、今日明日の二日間、松江市を南北に分ける大橋川でレースを繰り広げます。会社のボート部みたいなガチガチのチームもあれば、即席に集まってとにかくボートを漕いでみようというチームまで幅広い人達が参加しています。ぼくの入院している病棟の看護師さんたちも、チームを作って出場すると前々から聞いておりました。本来なら病棟から眺めて応援するところだったのですが、こうして外出もできたし近くで見てみようと思ったのです。

ところが現場について見ると、雨はやんだものの、強風が吹いて川面には波が立つなかなかの悪天候で、レースは一時間遅れ、スタート地点も変更になりだいぶ中断をしていました。

帰ろうかとも思ったけれど、久しぶりに長男と出かけたこともあり、一緒に買食いしたり、公園で遊んだり、木に止まったセミを捕まえたり、久しぶりの親子の時間を過ごしているうちに、レースも再開され、競技も見て帰ることができました。暑い中だったけれども、しばらく外にいてもなんとか過ごせたわけで、それはずいぶん自信になりました。少しは日焼けすることもできたかもしれません。

遊んでばかりでまだ仕事には全然手をつけていないので、明日は少し仕事をして病院に帰りたいと思います。

第2クール第10日 折り返し点

1クール3週間、21日として、だいたい今日が中間点。このクールの折り返し点にかかりました。はじめてのドライブコースは長いけれども、折り返して帰るときにはあっという間に感じるように、今回の治療はあっという間に中間点まで達したように思います。抗がん剤治療も二度目ともなれば、前のクールに比べて心の余裕があります。

今朝は血液検査がありました。骨髄抑制は少しずつ進んでいるようです。白血球は基準値以内でしたが、赤血球は相変わらず基準値よりも下で、前回採血した22日よりも少し数値が悪くなりました。ヘモグロビンがなかなか10g/dlを超えてくれないので、長いこと歩いたりすると息が切れます。また血小板も基準値を割り13万にまで落ちてきました。まだ基準値を少し割っただけですが、10日前は36万あったのですから、ざっと3分の1になったことになります。

前回は第3回目のジェムザールを投与できないくらい骨髄抑制が進んだわけですが、今回はどうなるでしょうか。月曜日にあらためて採血をして最終的に判断をすることになりました。そして、それまでは特に何もないので外泊してもいいですよと主治医から言われました。どうしようかちょっと迷いましたが、やっぱり明日は家に帰ることにします。

前にも書いたように、病院が日常になってはいけないのです。このクールが終われば、長かった一連の膀胱がん治療に一区切りつきます。いよいよ最終コーナーが見えてきたのです。だとしたら、少しずつ、気持ちだけでも日常生活に戻るための努力をしていかなければなりません。外泊はそのためのいい機会になりましょう。

第2クール第9日 ニャン太

病院に向かうニャン太
今日は入院日記ではなく、我が家の猫が手術を受けた話を書こうと思います。

我が家にはニャン太という老猫がおります。齢13ですから人間の歳にして70歳くらいでしょうか。大きな病気をすることもなく安楽な日を送っておりましたが、しかし齢も十数年となると、生来の活発さがなくなり、ひなが一日寝て過ごすことも多くなっておりました。

先日、ぼくが三週間の入院を終えて自宅に帰ると、ニャン太は右の目からは涙を流し、クシャミをしているではありませんか。風邪でも引いたのかと聞くと、嫁さんははじめて知ったとばかり驚いておりました。数日は様子を見たけれども、なかなかよくならないので、ともかく動物病院に連れて行って診断を仰ぐとこれがなかなか重症でした。

先生の曰く「歯周病にかかっており、その菌が歯頸を貫いて鼻腔まで達し、このようなクシャミをして、涙が流れている」と。また血液検査の結果、老齢によって腎機能が低下しており、通常のエサではなく腎臓病の治療食に切り替えなければならないとのことでした。体重も随分減っており「エサを食べていましたか」と問われても、ぼくはもとより嫁さんも答えられませんでした。猫のことにかまっていられないほど、彼女も生活にくたびれていたのです。

治療するには悪くなった歯を抜いて、菌の鼻腔への浸潤を防ぐことが必要で、その手術日は24日と定められました。また治療食への転換も同時に進めなければなりませんでした。ニャン太は、歯の痛みに加えて突然のエサの切り替えに戸惑い、数日はほとんどエサを食べず心配をしましたが、だんだん痛み止めの注射が効いて治療食にも慣れたか、エサの量が増えてきて安心をしました。

やがてまたぼくは病院に住まうことになり、果たして昨日嫁さんは彼を動物病院に連れていき、一日入院させて今日連れて帰りました。手術はなんとか終わり、術前は絶食だったせいもあって、エサをがっつくように食べていると報告を受け、安心しました。一方、その手術代については愕然としました。が、それも仕方ないかと請求通り払わせました。

ニャン太は2001年秋、まだ生後数ヶ月の時に店先の道路にぽつねんと立っていたのを保護し、以来里親を探すこと数週間を虚しくすごすうち、たいていの猫飼いの例にもれず、情が移って我が家の飼い猫となりました。

子どものいない夫婦にとっては、我が子同様、動物病院での戒めを守り、屋外に出さず、人の食事を与えず、プレミアムフードをあてがい大事に育てました。後年、諦めていた人間の息子ができて、親の愛情がそちらに自然と移ってしまったのですが、子どもに危害を加えることもなく、かえって子どもに虐められてもするりと抜けだして距離をおくなど、温厚にして聡い猫でありました。

いたずらもよくし、我が家の壁は彼のツメによってぼろぼろですが、お腹が空くと騒ぐこともなく皿の前にじっと座ってエサをくれるのを待ちつづけ、ぼくがあぐらをかくと必ずその間に納まって喉をならし、床に横になればしめたとばかり腹の上に乗って寝息を立て、お風呂に入ろうとすると必ずついてきて浴槽のお湯を飲むのが大好きな、愛すべき猫です。

なんといっても彼はやはり家族の一員、いってみれば我が家の長子でもありますから、まだしばらくは安楽な余生を過ごしてもらいたいのです。奇しくも、主人であるぼくがこうして病に伏せ、また彼も病にかかったのは、主人の痛みを少なからず彼が引き受けてくれたのかという気持ちもしないでもありません。だとしたら、多少の手術代を云々言うも詮無いかなと思うのです。

この手術の成功を吉兆とし、彼が無事家に帰ったように、ぼくもまた治療が順調に進み、家に帰られるといいなと思います。

第2クール第8日 ジェムザール2回目

点滴を打つ
今日はこのクール2回目のジェムザール投与の日です。午前9時半ころから生理食塩水の点滴がはじまり、ほどなくホルモン剤のデカドロンを30分点滴し、ついで抗がん剤のジェムザールを30分点滴しました。残りの生理食塩水を再び点滴して、午前中のうちにはすべての点滴を打ち終わりました。治療そのものはなんということもありません。痛くもなければ苦しくもない。しかし、後々に骨髄抑制があったり、食欲不振が湧いてくるのです。それがわずか100ccほどの点滴、実際にはほんのわずかな薬剤によって引き起こされるのですから、なかなか不思議に思います。

食欲は吐き気止めの薬効もあってか、今朝はようやくやや改善したのですが、今日の点滴でまた悪くなるのかもしれません。これもまた実に不思議で、入院直後はおいしく食べられて量も足りないくらいに思えていたのが、今や一膳のご飯を平らげるのにもいろいろ工夫をしてようやく食べているのです。気分的なものもあろうかと、気合を入れて食べてみたりするのですが、精神力だけではなかなか食欲は回復しませんね。

ぼくなどは、転移はあるともないともいえない状態で治療を受けているので、こうして不思議不思議で済ませることもできますが、一度転移が確定して化学療法を以って制するしか途がない状態であるなら、こう安穏と日々過ごしていられるだろうかとも思います。いや一方で、人間というのは案外タフで、今際の際までは毫も死ぬとも思わずに暮らせるものなのかもしれぬと思ったりもします。

実際、健康な人から今のぼくを見れば、大手術もして抗がん剤まで打っておるような病身では、その命数も限りあるように思われているかもしれません。しかし当の本人は、もはや天命ここまでなどとはちっとも思っておらず、明日もまた当然来るような気持ちで今日の退屈を嘆き、いかにして次の食事に立ち向かおうかなどと考えているのです。

人というのは案外どんな環境でも安楽に過ごせるものということを知り、他人の境遇を羨んだり、自分の幸せを押し付けたりしてはいけないと、こうして大病をし、齢を重ねることでようやく身にしみて感じることができたのです。これもまた万事塞翁が馬というものでありましょう。

次回金曜日には採血をして骨髄抑制がどれほどかはかり、結果が良ければまた外泊もできるかもしれません。

第2クール第7日 もってきてよかったステンレスマグ

ステンレスマグとマグカップ
今回持ってきたものの中で便利に使っているのが、わずか容量200cc、象印のSM-EB20という小さなステンレスマグです。

入院中、時々あったかいコーヒーとか飲みたくなると、1階か屋上階にある自動販売機でカップ入りのコーヒーを買っていたのですが、あんまり不経済なので、インスタントコーヒーを家から持ってきてお湯を注げばいいじゃないかと思いました。

お湯を調達するには病棟の真ん中にある食堂に給茶機があって、そこで熱湯をもらうことができますが、注ぎ口の高さが低くてコップか急須しか入らないのです。前回、350ccくらいの水筒を持っていったのですが、どうやってもお湯が入らないので、コップに湯を入れて病室まで持って行っておりました。ただどうにもスマートじゃないので、退院している間になるべく背丈の低いこの小さなボトルを買ったのです。

これが目論見通り給茶機の注ぎ口にピッタリの高さでした。蓋をして病室まで持っていけばこぼれることもないし、しばらく保温もできるので、飲みたいときにコーヒーを作ることができます。同じインスタントコーヒーを作るにも病室で作るのと、食堂まで行って作るのでは気持ちもちょっと違うものです。

コーヒーは胃を活性化するともいうし、朝食後に松江市街を見下ろしながら優雅にコーヒーを飲んだりしています。もっともその食事がまだなかなか食べられないんですけど…。もうそろそろいけるだろうと毎食戦いを挑んでは敗れるの繰り返しで、いささか気も滅入っています。今日はとうとう吐き気止めの薬も再開してもらいました。

まだ髪の毛は抜けてないし、ほんと食の問題だけなんだけどなあ。