カテゴリー別アーカイブ: 子育てについてのお話し

子供のプレゼントに単眼鏡 MIZAR MD-718 を買ったので子供がいない間にこそっと借りてレビュー

ミザールMD-718
今日は長男の9歳の誕生日。プレゼントをくれくれと随分前からいわれていて、本人はラジコンやゲーム機を所望していたようですが、あんまりおもちゃを与えたくないし、それでもがっかりさせたくもないものです。迷った末に、単眼鏡を贈ることにしました。

子供たちはフィールドで遊ぶことも大好きで、先日もサヒメルなどへ行くと熱心に双眼鏡などを覗いていたものです。双眼鏡も考えましたが、大げさになるし、長男は斜視があって双眼鏡でものを見ることが苦手のようです。単眼鏡ならば、片目で覗けてコンパクトに収まるのでちょうどいいかなと思いました。

もっとも、子供の使うものですから、あんまり高価なものをあげても仕方ないので、安くてそこそこ性能がよさそうなものということで、ミザールのMD-718というのを買いました。子供の頃、宇宙大好きだったぼくが、なんとか買ってもらえそうな望遠鏡といえば、ミザールかヴィクセンのものであったと思い出します。

価格が安かったので、おもちゃのようなものかと思っていましたが、まずまず良く見えました。7倍くらいの倍率は手ブレの影響は少ないけれども、望遠の効果もしっかり感じられてちょうどいい倍率だと思います。意外と短距離もいけて、1m切ってもピントをあわせることができました。

じっくり景色を眺めていると、やっぱり諸収差がまとめきれていないので、遠くの細かいものをみたときは色が滲んでいるように見えることもありますし、中心部はしっかりとピントが合いますが周辺は画像が流れてしまいます。が、価格が価格ですから文句を言うのも野暮というものでしょう。

ある程度重量感もあって、携帯ポーチとストラップにレンズを拭くクロスもついていて、たぶん子供には安っぽく見えなかったと思います。朝渡したら、長男はさっそく首にかけてずっと持ち歩いていたので、喜んでいたようです。

「感謝の言葉がないなあ」
とぼやくと、なんと帰ってきた言葉が、
「誕生日にプレゼントをくれるのは当たり前でしょう」
ときたものです…。
「そんなだからお前は、学校で問題児になるんだ。こういう時は感謝するものなの」
と言ってようやく
「ありがとう」
の言葉がでました。まあ長男にはいろいろ泣かされますが、これからはあんまりかっかしないようにしたいものです。

ところでこういう時は、弟にもおんなじものを与えなければ何かとトラブルになるので、今回単眼鏡は二個買っています。誕生日プレゼントを用意するのもなかなか大変なのです…。

まがたまの里伝承館で宝石探しと勾玉つくり

日曜日で退屈をしている子供たちが、どこかに連れて行けと駄々をこねます。天気もあんまり良くないし、ぼくもまだ本調子ではないし、屋内で何かできるところということで、玉湯町にある、いずもまがたまの里 伝承館に子供を連れて行ってきました。
\"まがたまの里伝承館\"
入り口には、勾玉の展示などがあり、店内ではめのうなどの貴石を使ったアクセサリーが売っていたりという、まるっきり観光客向けの施設ではありますが、我が家の子供は結構ここに来るのが楽しいみたいです。
\"こんな宝石がとれるらしい…\"
子供たちが楽しみにしているのは宝石探し。「宝石探し体験館」という施設があって、ここには水槽の中に宝石が混じっている砂利が敷き詰められています。ここでお金を払うと制限時間の間、宝石を探しまくることができるというわけです。料金はおとな800円、こども500円。制限時間は30分。受付を済ませると浅いスコップとビニール袋を渡されて、一生懸命宝石を探すのですが…。
\"宝石を探す\"
これがなかなかみつかりません。宝石は磨いたものが入っているので目立つのは目立つのですが、埋まっている数が少ないのか、そう簡単には見つからないようにできています。それでも探すということが楽しいのでしょう、長男は特に喜んでやっていました。
\"とれたのはこんな石。\"
制限時間がきて、拾えた宝石の数が少なかったときは、係の人がはかりに乗せながら補充してくれるので、全部で30個くらいはまずもらえるようになってはいます。
\"まがたま作りに励む\"
その後、嫁さんと長男は勾玉作りの体験をしにいきました。こちらは蠟石というやわらかい石をヤスリ等で削り、きれいに磨いて勾玉を作る体験ができます。だいたい作業時間は1時間くらい。
\"松江ラーメン\"
その間、ぼくと下の子は一緒にラーメン食べてました。
\"完成したまがたま\"
時間になって迎えに行ってみると、自分で作った勾玉ネックレスを首にかけた長男が自慢気に出てきました。丁寧に指導してもらったようで、なかなか格好良くできています。上手くできなかったりしたら途中で投げ出してしまうような子供ですから、本当はちょっと心配だったんですよね。でも、得意げなその様子に素直によく頑張ったなあと褒めてやりました。

しかし、勾玉の素材と授業料で一人800円と聞いていたのですが、ネックレス用の紐が200円、飾りのビーズが一個50円とか80円とかで、結局二人で3,000円以上かかってしまいました。なんかうまい具合にお金を吸い上げられた感じではあります。それでも嫁さんの話では、勾玉作りはいい体験だったようです。

今までなかなか家族サービスできなかったけれど、今週はなんとか子供たちにも喜んでもらえたかな。午後からは爆睡でしたが…。

長男は高機能PDDか

今日から小学校は二学期となります。子供たちは荷物の多さに不平を言いながら、朝7時半にはそれでも元気に集合場所へ向かって行きました。

二学期を迎えるにあたってやはり気にかかるのは長男のことです。一学期も教室に入れないなど問題行動があって、夏休み前にも学校の先生やスクールカウンセラーとの面談を行ったりしてきました。担任の先生から、二学期を前にしてまた面談を行いたいとの電話をいただき、昨日小学校に行ってきました。

ぼくと嫁さんとで小学校につくと、教頭先生と担任の先生、養護の先生が迎えてくれました。教頭先生はこの春に赴任されたのでぼくは初顔合わせになりましたが、今回の面談では教頭先生が主導でお話しをすすめるということでした。

長男の夏休みの様子や家庭でどのように子どもと関わっているかということについて話しましたが、その中でうちの長男が高機能PDD(知的障害のない自閉的発達障害)である可能性を指摘され、医療について親御さんとしてどのように考えているかと問われました。

これについて、ぼくも以前から考えないではありませんでした。頭の回転は非常に早く知能も高いけれども、協調性に乏しく他人に厳しく自分に甘いため、叱られたりすると極端な自己否定感情に走ってしまうといううちの長男は、いわゆるPDDの典型的症例に合致するからです。けれども、親としてはその可能性を認めたくないし、できるなら医療に頼らず、生活環境をととのえることや指導によって本人がかわってくれるのではないかと考えておりました。しかし、小学校では長男についてはPDDであるとの認識に立って、支援をしていきたいと言われたのです。

学校では特別支援教育に力を入れていることを説明されました。知能的には全く問題がないけれども、情緒的に不安定で協調性がとれないなどの子どもは全体の6〜7%おり、各クラスに一人か二人は必ずいるそうですが、それを通常学級の中で、学校全体として支援や指導をしていこうというのが特別支援教育だそうです。

彼にとっても他人との距離感がはかれないことに困ってどうすればいいかわからない状況の中で、脅迫的指導などをすれば二次障害として物にあたったり、パニックを起こしたりする状況になると言われました。これから次第に学年があがっていけばクラスメイトとの関係も厳しくなるので、彼にとっては小学3年生のこの二学期が正念場であり、きちんと学級に残れるようにもっていくためにも、学校と家庭、そして医療機関も含めて支援をしていきたいということでした。

親としてはかなりキツイ話ではありましたが、学校がきちんと状況を説明してくれたことはよかったとも思いました。教頭先生は、自分の息子もかなりの暴れん坊で小学校ではいろいろな問題を起こしてきたから、わが長男の気持ちはよくわかるとおっしゃいました。医療=治療ということではなく、相談相手として医療機関を活用されてはどうかと提案もしていただきました。

子どもが発達障害であることは正直、受け入れたくはないのですが、親としても子育てに悩んでいたのは事実です。子どもとの向き合い方を学ぶためにも、学校や医療機関の助けをいただきながら前向きに取り組んでみようかとも思います。

あいさつができた!

怒涛のような年末の仕事が終わって、新年を迎えました。今日明日はお店も完全休業をさせていただき、一年の中で唯一ほっとできる日を過ごしています。

この年末の繁忙期は、小学校二年生の長男がお店を手伝ってくれました。普段なら事務所に来ても、TV等に夢中でお客様がきても知らんぷり。「ここにいる以上はお客様に『いらっしゃいませ』の一言も言えないと困る」というと、今度はお客様がきたらさっと事務所から出て行っていくような、この子が、なんとこの年末にはあいさつができるようになったのです。

寒い中外に飛び出していって「いらっしゃいませ~」「ありがとうございました~」と大きな声がかけられるようになりました。まだ小さいマセガキが、そんなことを言うものですからお客様も「いよいよ後継者ができたな~」とか「こりゃお年玉たくさんもらえるぞ!」などと声をかけてくれます。それがまた、本人にとっては嬉しいようでした。

事故があってはいけないし、迷惑がかかってはいないか、心配もしたけれど、大きな声がでるようになった長男に素直に感動しました。彼が満足するようにできるだけやらせてあげることにしました。

長男は学校ではなかなか問題児で、すぐにキレたり自己中心的な性格から喧嘩をしたりして、昨年も何度学校から呼び出しを受けたかわからないくらいですが、こうしてあいさつができるようになれば、少しは変わってくれるのかなとも思ったりします。

本人は接客をゲーム感覚でやっていたのかもしれませんが、自分が声をかけて相手が反応して認めてくれることを喜びに感じることができれば、いいかなと思うのです。そこから先に、相手を思いやる気持ちや、相手の気持を推し量ることができるようになれば、きっと彼もかわっていけるのではないかと感じます。

冬休みに少し成長してくれた長男に、お客様の言葉通り、少しお年玉を奮発しましょう。

がんばっているんだよ!

昨夜、一緒に風呂に入っていた下の子が、感情を高ぶらせて号泣しました。

国語の宿題で音読というのがあります。教科書の指定された場所を音読して、表に◎、○、△の評価を親がしてやらねばなりません。そのときに◎がもらえず、悔しくて泣いたのです。不当な評価というのではありません。確かに彼の読み方は拙く、ようよう文字が追える程度なのです。それでも彼は◎がもらいたかったのです。号泣して、評価をつけた母親を非難しました。

「いいや、あれではどうしても◎をあげることはできない。もっと読み込んでスラスラ読めるように頑張らなければ」とぼくは言いました。すると「がんばってるんだよ!」と彼が叫んだのです。「いつもいつもがんばってるんだ!でもダメなんだ」

ぼくははっとしました。そうとも、彼はいつもがんばっている。本当にがんばっている。

彼は早生まれでもう2週間も遅く生まれたら、まだ幼稚園に行ってるはずなのです。ひらがなだってようやく小学校に入ってから書けるようになってきて、それでも少しずつ言葉も書けるようになり、計算もできるようになり、親はよかったと思っていました。宿題だって、帰ってきたらすぐに取り組むし、件の音読だって声も大きくて姿勢も正しく、きちんと学習に取り組んでいる。その姿は本当に褒めてあげたい。

でも最終的に評価をするときにどうしても◎をあげられるレベルではないのです。結果を評価しなければならないのです。

「そうともがんばっている、君はがんばっているよ」と言ったまま、ぼくは二の句がつげませんでした。

それは、ぼくも、まさに今日そういう思いをしたからでした。そう、ぼくも頑張った。耐え難いことも耐え、朝から晩まで頑張った。でも結果がでなかった。最終的に失格の烙印を押されたのです。ぼくは相当凹みました。今でも胸がむかつくくらい、心の澱になっている。彼と一緒に泣きたいくらい…。彼の「がんばっているんだよ!」という叫びは、今まさにぼくの叫びでもあった。

そうなんだよね、これから大きくなっていくと、結果ですべてが判断されてしまうことが多い。いやほとんどそうなんだ。でも下の子に「いくら頑張っても結果が出なけりゃダメなんだよ」と言うことはぼくにはできませんでした。どうしたらいいのか、ぼくのほうがうろたえてしまいました。

冷徹な社会の実態を彼にまだみせたくないから? 結果がすべての世の中じゃないと思っているから? 同じ目にあった自分がみじめだから?

落ち込んだ気持ちを懸命に支えようとしていた時に発せられた子どもの「がんばっているんだよ!」という叫びが今もこだましています。どうしたら彼が気持ちをまた高められるのでしょう。いやぼく自身が…。

卒園式

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線路沿いにある倉庫だか住まいだかわからないような小さな家に住んでいて、そこにあった白黒テレビで「てなもんや三度笠」を見た。それがぼくの一番古い記憶です。Wikipediaによれば放送は1968年までの放送だったので、2歳の時の記憶でしょうか。そんなに小さかったかしらという思いもしますが、住んでいる年代は一致しているようです。

しかし、小さい頃の記憶というのは断片的です。次の記憶は保育園で鯉のぼりを作ったこと。幼稚園でもほとんど記憶にありません。卒園するようになって、ぼくだけが違う小学校に行くことになり、がらんとした教室がとても寂しかったこと。幼稚園の先生が大好きで、その先生とお別れするのが悲しくて泣いたことを覚えているばかりです。小学校に行くようになってその先生のお宅へ訪ねていったこともあるから、そういうことは覚えているのかもしれません。

下の子は昨日、卒園式を迎えました。入園した時にはまだおむつもとれていなかったのに、今日はしっかりと返事をして修了証書を受け取るその姿を見るのは、親として大変感慨深いものがあります。それは、携わってくれた先生も同じでしょう。

担任の先生は4年前に実習生としてこられて、正式な教員となり受け持ったクラスのはじめての卒園でしたし、その感慨もひとしおだったのでありましょう。子どもの名前を読み上げる時、感極まって言葉を継ぐことができなかった姿もまた涙を誘うのでした。

一方で子供たちはハキハキと受け答えをしていました。三学期に入って発表会が終わってからはずっと卒園式の練習をしてきたのだから、それをきちんとこなすことに全力を尽くしているのでしょう。そして、彼らには今までの思い出よりも大きな未来が待っているのですもの。感傷に浸るよりも希望の方が大きいのですもの。

自分の小さい頃の記憶の曖昧さを思えば、うちの子供たちが大きくなった時に、この日を覚えているかどうかも定かではないのだろうと思います。だから、父ちゃんは、若くても優しくて全力で向き合ってくれた先生のことや、一緒に遊んでくれた友達のことや、芝生のグラウンドで自転車に乗れたことや、がんばって跳び箱を8段飛んだことを覚えておこうと思います。

足掛け5年にわたったぼくらの子育て幼稚園編もこれで終わりました。小学校にあがればあがったで、上の子は課題にぶちあたっていますし、これからも色々あるのでしょうが、次の6年もあっという間なのかもしれません。

ものぐさじじいの来世

嫁さんが小学校で読み聞かせのかかりをしているので、たまに絵本を図書館から借りてきます。うちの子供たちは、借りてきた本を読んでくれとよくせがみます。特に下の子はすぐ読んで読んでといいます(もう今春小学校なんだから読めるようになれよw)。

先日もこれ読んでと一冊の絵本を持ってきたので、もうお父ちゃんは寝るんだが…と思いながらも「ものぐさじじいの来世」という本を読んでやることにしました。

しかしなんという絵本でしょうか。ものぐさで一日中布団にくるまっているようなおじいさんの話なんですが、絵がすごい。赤っぽい色を主体にした毒々しい絵柄で部屋がかかれています。床には芋虫やカタツムリが這い、蜘蛛の巣が張った部屋で、この世のものとは思えないおじいさんが布団にくるまっています。くるまっている布団にはキノコが生えているではありませんか。

こりゃまたひどい絵本だなと思いながら、「あるところに、ものぐさじいさんが住んでいました。じいさんは、若いときから、手足を動かしたり、人にあって話をしたりすることを、ひじょうにものぐさがって、いつもじっとしていることが好きでありました。…」と声に出して読んでやりました。

するとどうしたことでしょう、とっても読みやすい。文の区切りも、言葉の並びも素直で、大変読みやすいのです。抑揚をつけてやるのが楽しくてしようがない。文章をしゃべっているのに曲が流れるがごとく、音がポンポン響いている感じなのです。声色を変えたり、あえて句読点を外してみたり、歌うように読んでやると下の子に大受けでした。

ひどいと思った絵柄も、いつの間にかおじいさんの表情がやわらいだものに見えてくる不思議な魅力がありました。

一体誰がこんな文を書いたんだ。本を読み終わって興味深く作者のところを見ると小川未明の作でした。なるほど小川未明、日本のアンデルセンとも言われる作家ですが、声に出しても読みやすいとは。昔の作家はこんなところまで作り込んでいるのかしら。

お話の内容はなかなか深いです。小川未明の本は、内容がどこかつき放たれた感じがするんですよね。あとから考えさせるというか、そういうお話しが多いような気がします。まあたぶん子供にはそんなことは関係はないのでしょうけれども、もう少し大きくなって、父ちゃんがあんな話を読んでくれたなと、また読み返してくれたらいいな。

絵本で大事なことって何かなあと思いました。ぼくは子供によく絵本を読んでやるようにしているのですが、大人が読んでこれはいい、と思った本が子供には受けないこともあります。綺麗な絵だなあと思って読んでもダメで、子供が選ぶのはなんだか描き殴ったような絵だったりすることもよくあります。

でもなんだかんだ読んでやるうちに、読んでいてリズム感とか躍動感のある文章が大好きだということがわかってきました。深い内容などはわからないかもしれないけれど、音として捉えることで、そのフレーズが印象に残ることになるようです。だから擬声語とか、繰り返しの言い回しとか結構受けます。

読み聞かせというのは、お話しの内容を理解してもらうよりも、言葉遊びのひとつみたいな感じでやればいいのではないかなと思っています。そうすれば、大人も気楽に楽しめますし。そしていつか言葉の面白さに気がついて、自分から読んでくれたらいいなと思うのです。