一時帰宅をする

病院前の公園
連休中は、退院や一時帰宅を許される患者さんも多いようで、病室はどこか閑散としてきました。ぼくの部屋も、皆さんが退院してしまい、四人部屋をただ一人で独占していました。すでにカテーテルも抜けた身で、手間もかからなくなった分、看護師さんもあまり覗きにくるわけでなく、ぼくは、もっぱら定期的に排出する尿量を表に記録していました。

こどもの日はとてもよい天気で、太陽が出るとともに気温もあがりさわやかになりました。この日、入院して以来、はじめて病院の外に出てみました。昔の病棟があった跡地は、入院するときはまだ工事中でしたが、いまやきれいにタイルが敷き詰められた公園になっています。病衣のままそこを散歩し、外の空気を吸いました。別に何をする必要もなかったのですが、ただ散歩をしたのでした。それくらい、時間をもてあましていました。

そんな午後、主治医の先生がやってきて、幸いコントロールもよくできているし、発熱などの問題もないし、連休中だから子どもの顔を見に一度帰って見ませんか、と言ってくださいました。依然として排尿は1時間半程度に一回しないと、オムツの中に漏れる状態で、不安はありましたが、退屈をしていたこともあり、外泊許可をもらって家に帰ることにしました。

4月1日以来、久しぶりの家です。庭のチューリップは茎だけになり、雑草のように生えているカモミールの小さい花がゆれていました。今年は見られないだろうなと思っていた藤の花は、もうだいぶ伸びきっていたけれども、房の下の方には花が残っていました。

帰ってきてほっとしましたが、あまりに体力がなく、すぐに疲れ果てるのにはびっくりしました。両親に病状の報告をしたりして畳の部屋にじっと座っているだけで疲れるのです。それで一休みしようと横になりかけると、子どもたちがすぐ目の前で遊びだしてなかなか離してくれず、困惑しました。なんだか、帰ってきたのが悪かったような気持ちになりました。

夜、長男の髪を切ってやりました。以前から我が家では長男の髪を切るのはぼくの役目でした。嫁さんが一度丸坊主にした時に、長男はへそを曲げて授業中にも帽子をかぶるなど、登校拒否寸前にまでなったことがあります。それ以来、ぼくが格好良くバリカンで切ってやっているのです。ところがぼくが入院してしまったために、髪が伸びても切ることができません。彼は散髪屋さんにも行きたくないので、退院したら切ってやる約束でした。後ろとサイドを重点的に少し刈り上げ気味にして、トップは長めに残して、前を揃えて少しスッキリすると長男は喜んで風呂に身体を流しにいきました。

ぼくもひと月の間の入院で、無秩序に伸びた髪の後ろとサイドの部分を嫁さんに刈ってもらい、坊主大好き次男はいつもどおりに丸刈りにしてもらい、みんなで風呂に入りました。

子どもたちは今回の手術跡が気になったようでしたが、すぐに慣れてくれました。久しぶりの湯船につかり、子どもたちの話を聞いていると、ああ帰ってきてよかったなと素直に思いました。体力がついていかなくて、普通の生活がなかなかできないのは悔しいけれど、それでも家族がそばにいることがどんなに素晴らしいことか、よくわかりました。

たぶん退院してもこんな感じなのだろうと思います。当分はオムツをして、体力をつけながらだんだんと日常生活に戻っていくのでしょう。それは事前に想像していたのとはちょっと違って、案外厳しい生活だけど、きっと、その覚悟を持たせるために一時帰宅をさせてくれたのかなとも思いました。

6日の午後にぼくは病院に戻りました。一日ぶりに過ごしていたベッドを見た時に、またひとりになる寂しい気持ちと、まだ非日常にいられるほっとした気持ちとがないまぜになってぼんやりとしてしまいました。それでも、この長きに渡った入院生活も終わりに近づいてきたということだけは、はっきりとわかったような気がします。

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