今日は手術室へ向かうときにどう思ったか、何をなされたのか、思い出しながら書こうと思います。麻酔の前後というのは部分部分は鮮明に記憶に残っているけれども、どういうわけか連続した時間軸というものがだんだんに欠けていくように思います。中には不快に思われる方もいらっしゃるでしょう。どうか読み飛ばしてください。
2月7日の午前中に入院しました。二年前に虫垂炎で緊急入院して以来、通算三度目の入院であり、しかも今回は予定入院ですから必要な物はきちんと準備ができていました。あまりにもスムーズにいき過ぎて不思議な感覚であったことは、三つ前のエントリーに書きました。
手術は翌8日のお昼頃となり、手術の説明やら麻酔の説明やらで医師や看護師がいらっしゃるので、ベッドから離れるわけにもいかず退屈をして一日を過ごしました。手術は経尿道的膀胱腫瘍切除術といい、尿道に内視鏡を挿入して腫瘍を切除するものです。そのために脊椎くも膜下麻酔のうえに全身麻酔をかける必要がある旨説明を受け、同意書へのサインをしました。
手術は聞いていたように腹部の切開をしないのであまり不安はなかったのですが、全身麻酔はどうにもゾッとするのは以前にも書いたとおりです。しかし、今回は全身麻酔はかなり浅いものにするという説明を受けました。下半身の麻酔をしっかりかけるからなのでしょう。
はたして8日の11時半、予定通りに呼び出しがあり、手術室へと向かいました。二年前は緊急手術でかなり朦朧とした状態だったので覚えていなかったのですが、今回は手術室の様子をありありと知ることができました。手術室へと向かう自動ドアをくぐると、白やアイボリーが基調だった風景に、クロームカラーが目立つようになって寒々とした感じが引き立って来るのが印象的でした。コンピューターで腕輪のバーコードをスキャンし、名前を言い、どんな手術を受けるか自分で説明をするのは患者の取違えがないようにするためなのでしょう。手術室は何部屋もあり、ところどころ「手術中」の赤いランプが灯っています。そのいかにも冷ややかな扉を何枚か通り過ぎ、自らが受ける手術室の扉が開くと平気なつもりでいたのに鼓動が高まるのがわかります。
意外と広い手術室の真ん中、少し高い位置に平らなベッドがあり、臙脂色の服を着た五六名の看護師さんや医師やらがとりかこんでいます。横になるとシーツがかけられ、病衣を自ら脱いで裸になりました。点滴を左手の甲にうたれ、これから下半身の麻酔をしますと言われ、横向きになって体をできる限り丸くし、正確に位置をとって麻酔注射を打たれることになります。そうして体をまっすぐに伸ばされました。左側が下になっていたからか、左足の感覚から先になくなっていき、右側が次にしびれてきます。看護師さんが冷たい水の入ったペットボトルを足に当てて、感覚があるかどうか確認をしていきます。何かがあたっているという感覚もやがて薄れると、下半身には何かをされた一方で上半身では全身麻酔の準備がはじまり、そちらの方に意識が向きました。
口に酸素マスクがあてがわれ、右腕には血圧計がまかれ、心拍モニターがつけられ、定期的に右手に圧力が加わるのを感じ、ピッピッという心拍の音を聞きながら、別の点滴がかけられるのをみました。それによって意識がなくなるのです。「少しピリピリした感じがするかもしれません」と麻酔の先生が言われ「よろしくお願いします」とぼくが言ったのが最後の記憶です。
「終わりましたよ」と言われたときは、まだ手術台の上でした。前回と違い酸素マスクはすでに外されていて、かなり意識もはっきりしてきました。浅い麻酔だと言われたのはこういうことかと思いました。それから、看護師さんが総出でぼくを病室用のベッドに移し、病室に帰ってきたのでした。時間にして1時間ほどの出来事です。その間に手術は終わり、ぼくは尿管にカテーテルをつけられ、左腕に栄養剤と抗生剤の点滴をぶらさげた、不自由な体になったのでした。