fumiton

2016年3月21日

南麓からみる茶臼山
今日は休日。長男が退屈をしてどこかへ連れて行けとうるさいので「よし茶臼山に登ってみるか」と提案すると、あっさり「行こう」というので、登ることになりました。

家の近くに茶臼山という山があります。標高はほんの171m。ごく小さな山ですが、周囲が平地のため山頂からの眺めはよく、東の中海から西の宍道湖まで一望にできます。

中高生の頃は、学校から帰ってきてから山に登って夕景をながめて帰ってきたものです。それくらいすぐに登って降りてくることができる山、という認識でした。

もっとも子供ができてからは数回しか登った記憶がありません。特に大病をしてからは登ろうとも思いませんでしたから、なん年ぶりのことです。

風は少しひんやりとするけれども、天気がよく散歩日和。途中のコンビニでおやつを買って登り始めました。

登山道を入るとすぐに、一歩歩くごとに十数センチ登るような急坂になります。ここが難所であることはわかっていましたが、予想以上のしんどさに驚きました。心拍があがり、息がきつくなってきます。その上、喘息症状も出て気管支が狭まり、一歩歩くごとに実際にヒィヒィと音を出しながら登らざるを得ません。

その隣を、息も乱れず急坂を駆け上がるように登っていく長男。そのあとをこんなはずではと思いながら、ゼイゼイ言ってついていく屈辱。しかも相手はほんの子供じゃないかと思うと、たまらなく悔しくて対抗しようとするのですが、体は動くけれども、息がついていきません。

息も絶え絶えにようやく中腹のなだらかな場所まであがりました。ここで呼吸を整えて残りをあがろうと思っていたのですが、ぜんぜん呼吸が収まりません。動悸がひどく、息を吸っても酸素が足りてないような感じです。

普段人の様子を気にも留めない長男が、心配げに「大丈夫?もう帰ろうよ」というくらいですから、よほど情けない姿だったのでしょう。ついに途中で引き返すことにしました。下りの坂も息を切らしながら降りて、長男にいたわられながら、悄然として帰路につきました。

慣れ親しんだはずの、しかもわずか百数十メートルの高さの山に登れなかったことは、かなりショックでした。いかに貧血傾向とはいえ、ここまでひどいとは思いませんでした。自分ではずいぶん元気になったし、体力もついたと思っていたのです。その自信は無残なまでに打ち砕かれました。

こんな低山も歩けないようでは、平地のジョギングだって無理なことです。せいぜい散歩してろってことか…。いや、これが限界とは思いたくありません。

今回、克服すべき目標が見つかったのだと前向きに捉えようと思います。茶臼山に登れなかったのならば、それに登れるようになれば、一定の体力が回復したと言えるでしょう。そこまで回復してようやく一人前。もう一度歩くことからはじめて、茶臼山に登ることを今年の目標にしたいと思います。

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