第1クール第14日 格好いい患者

散歩道
弱い雨が降っていましたが、朝にはあがり、時々青空も見える天気になりました。天気がよくなれば外に出て散歩をします。散歩、といってもほんの病院前の広場を歩くだけのことです。その散歩が日をおうごとになかなかの運動量と感じてしまうようになりました。

スタスタと歩くことはかなわず、できるだけゆっくり歩くようにしています。そうしないと息が上がってしまうからです。エレベータで昇り降りする時の加減速が、ずっしり頭に響くようになりました。病室に帰るとふらふらして、ベッドに横たわらざるを得ず、やがて30分や1時間はウトウトとして、ようやく次の行動ができるようになります。

自然ベッドに横になっていることも多く、何をするわけでもないので、ぼんやりしていると、ふと、もうだいぶ前に退院していった患者さんのことを思い出しました。こうしているとカーテン越しにでも、患者さんの様子が知れたりするのです。

その方は、ストーマの手術をしたのかな、もういい歳ではありましたが、声も大きくてずいぶん元気そうでした。

「ぼくはね、まもなく死ぬるんです」とその方は見舞いにきた子供さんだか孫さんだかに言うのです。「そりゃね、でも88で死ねば大往生ですよ。いいですか、ぼくが死んだらね、涙なんか流しちゃいけません。酒盛りしてくださいよ、酒盛り」。はつらつとした声でそんなことを言うものですから、ぼくもちょっとびっくりしました。「そんなことを言うもんじゃないですよ」と女の人が言いましたが、老人は重ねて否定し「人間はね、いつか死ぬるんです。死ぬ間際なんてどうなるかわからないから、今のうちに言ってるんです。酒盛りだよ、お願いだよ」。周りの人はずいぶん困っていたようでした。

この人はまだまだ当分死なないな、と思いつつも、その自然な格好良さに思わず頷いていました。十分に生きた満足というか自信というか、そういうものが言葉にあふれていたように思います。ぼくも寿命をまっとうするならこんなセリフを言ってみたいものです。

入院というのはたいてい人生の一大事でもあるし、その患者さんの人柄みたいなのがこんな時に現れるのかもしれません。ぼくも見栄でもいいから、格好いい患者でいたいものです。

明日は第1クール最後のジェムザールが投入される予定です。貧血が想定内でおさまっていますように。

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