レターペンココイロで文字を書いた時の喜びについて前に書いたのですが、それ以来、文字を手書きすることが楽しくなってきました。
以前ならどうでもデジタルで記録することにこだわって、メモはiPhoneでというシーンが多かったのですが、最近はA6サイズのノートカバーにメモパッドを仕込んで、それに手書きでメモをとることも増えました。メモパッドは書き終えたら切り取って、それをiPhoneのスキャナアプリやScanSnapにかけてEvernoteに保存しています。そこんところだけはデジタルの要素を残しつつ。
手書きのメモをデジタル化しても、あとから検索するのもデジタルに比べて劣りますが、日付をもとにしたり、適当なキーワードを付け加えておけば、大丈夫かなとも思います。
不便さはあるものの、レイアウトが自由にできますし、筆跡からメモを取った時の気分なども思い出すことができるのは、手書きのメモならではの利点です。それに何より手で文字を書くことが楽しい。
筆記具もココイロの他に、万年筆も使うようになりました。手に優しい筆記具といえばやはり万年筆もあげられます。
若いころに、都会の文具屋さんで一丁前に試し書きをしながらペン先を選び、名前まで入れてもらった万年筆を買ったことがありました。その書き心地は大変よく、文字を書くことが楽しくて仕方なかったことが思い出されました。
さて、あの時に買った万年筆がどこかにあったはずだ、と今回だいぶ家捜しをしたのですが、どうしても見つかりません。本当にもったいないことをしてしまったものです。
そうなると、万年筆がどうしても欲しくなって、パイロットのカクノという安い万年筆を買ってきたり、家捜ししたときに見つけた、これは作ったのとは別物の、中古のセーラーの万年筆をきれいに洗って、お湯につけたりして、復活させて使うようになりました。
それらの経験はまた少しずつ書いていきたいですが、あらためて万年筆で書いた字はいいなあと思います。万年筆で書くと手に優しいのはもちろんですが、線の強弱やインクの濃淡によって、字に表情が出てくるように感じるところがいいのです。そこには、お定まりのPCフォントでは決して表せない、書き手のそれぞれの個性が現れ、そこに字が上手いとか下手とかを超えた、味わいというものが出てくるように思います。
あれほどデジタル人間だったのに、その変化には自分でも驚いています。でもなんかいいんですよ。紙にペンで書くことが。