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fumiton について

島根県松江市在住。既婚。妻一人、息子二人。2017年末に犬が加わりました。慢性骨髄性白血病(完全寛解中)、膀胱がんステージⅢサバイバー(2013全摘)。まあどうにかこうにか生きています。

近況報告

このブログに投稿するのもずいぶん久しぶりになってしまいました。この前の記事が2月の末ということは、まだ雪がちらほらしているころです。今日なんぞはもうすぐ夏かとも思われるくらいの陽気で、ずいぶん間があいたなと自分でも思います。

その間、それなりに出来事もありました。

長男は中学校に入学し、なんとか頑張ってすごしています。どうやら英語の先生と反りが合わず、ちょこちょこトラブルがあるようですが、小学校の頃のような暴れっぷりはまだ見られません。

膀胱全摘の手術を受けてから4月で4年経ちました。半年ごとのCTでしか検査を受けることもなく、主治医からもまずもってもう大丈夫でしょうと言われました。今後も定期的にCTは受けておこうかと思っていますが、どうやら今回も、天の声はもう少しこの世であがけとおっしゃるようです。

ご無沙汰の言い訳をすれば、こんなことを投稿しようとテキストは書いていたのです。が、どれもこれも中途半端なまま放り出して、そのうち時期を逸してハードディスクの肥やしにたくさんなっているのでした。

どうもこれが性なのか、一文書いては、この言い回しはどうか、とか、もうちょっといい表現はないかとか、あれこれ悩むたちなもので、これが最後まで書き終わらない原因なのです。

まるで会話をしているようにつらつらと文章を書いて、しかもそれがきちんと整っている人を見ますが、本当に羨ましいものです。なまじ中途半端に書きたい衝動があると、文才の圧倒的な差を見せつけられて気持ちが萎えるわけで…。

とか思ったりもしますが、別に小説を投稿するわけでなし、たかが自分のブログに一体何を悩むのかというのが本当なのでしょう。ごくごく近しい方の他の誰に読まれるわけでなし。

そりゃあ名文がつらつらと書けたら最良ですが、言いたいことがあれば体裁を気にせずぶちまければよいのです。一番いけないのは、結果的に何も出力していない今のような状態です。記録というのは、何も残っていないよりも、断片でも残っていたほうがなんぼも価値があることはよくわかっています。

というわけでこれからがんばります。今日はリハビリかねて近況報告。

長男の小学校卒業が近づく

長男の小学校卒業が近づいてきました。

幾度も書いてきましたが、長男は発達障害の診断を受け、小児精神科に通院しています。今日も病院に行き、現在の状況を報告してきました。

長男は「空気を読む」ことが苦手である特徴により、さまざまなトラブルを引き起こしてきました。ただ現在は、些細な事で感情を爆発させることもたまにはありますが、その頻度は減り、概ね安定した日々を過ごしています。

精神安定薬としてエビリファイとコンサータを服用していますが、その効果は確実にあろうと思われます。

それ以上に今年は小学校の担任の先生に大変お世話になりました。

長男が安定しているのは、学級内でも特別な役割を与えてくれたり、適正にあったポジションにつけてくれるなど、本人の承認欲求を満たし、自信をつけさせる指導をしていただいたおかげと思います。

ただ、これから中学校に行けば環境も激変します。一時は特別支援学級も考えましたが、本人の希望や、先生方のアドバイスもあり、やはり普通学級に通わせることにしました。そうなればなおさら、小学校の時のような手厚いケアはおそらく望むことはできないでしょう。

それでも親としては、小学校から中学校へスムーズに移行することを目標としてきました。

中学校の先生方とも複数回にわたって面談をし、本人の特性や、指導に対する要望を聞いてもらう機会を得ました。中学校側も真剣に話を聞いていただき、入学前に新担任との顔合わせをしてもらうことにもなりました。

昨年秋からは島根県教育センターの教育相談に通わせています。長男には、誰でも良いので信頼できる人を作り、自分の気持ちを出してほしいと思っています。今は、まだ親がその役割が果たせますが、これから成長していけば親への信頼はなくなっていくでしょう。また学校で挫折し、孤独になることもあるかもしれません。そんなときに、この教育センターが砦となってくれればよいがと思っています。

できることは限られていますが、親として打つべき手は打ちました。本人といえば、想像力が苦手なので、卒業についてはあまり感慨もなく、あいかわらずわがまま放題な日々を過ごしています。けれどもこれから彼は幾つもの壁に直面することでしょう。本人がその壁を乗り越えることを期待し、見守るしかありません。

雪かき

雪かき
今年は暖かい正月で、暖冬かと思いきや、季節はしっかり帳尻をあわせてきて、1月末に続いて今回も積雪になりました。山間部や北陸東北の方からすれば申し訳ない程度の積雪ではありますが、普段雪なれしていないぶん、10センチも積もれば通行に支障が出ます。来客確保のためには雪かきをしなくてはなりません。

昨日も今日も開店前の夜も明けやらぬうちに雪かきをはじめます。雪かきはもっぱら体力勝負。幅の広いプッシャーや、大小様々なスコップを駆使して、車が通ることができるくらいまでは雪を掻き分けます。

まだ誰も踏みしめていない真っ白な雪は柔らかく、スコップを入れると豆腐のように切り出すことができます。ただ手元のスコップではほんの小さな面積の雪をすくえるだけです。何度も何度もそれを繰り返していきます。

雪を掬い、じゃまにならない場所に放り投げ、そしてまた雪を掬う。一回動作するごとに、腰が重く、腕はだるくなる。息があがり、汗が出る。でも雪を放り投げた後に、目の前にかたまりがあるとなぜだかもうひと掻きしてみようと思う。

しまいにはだんだん何も考えず、ただ目の前の雪をひたすら放り投げていくようになります。そうしてふと振り返ると、それなりの面積の雪を掻いてきたことに気づきます。

ただひたすらに目の前のことに集中して、そこに何かを期待するでもない。つらいようであってもつらくはないし、といって楽しいものでもなく、ごく当たり前のようにやるべきことをやって、ふと気づくと何かを達成していることを知るなんていうのは、なるほど雪かきというのは、今時流行りのマインドフルネスではないかとも思います。

そして雪はやがて溶けてなくなってしまうというのもまた良い。確かに雪山を築くのは雪を一生懸命掻いた証ではありますが、いつまでもそれが残っていても困るわけです。人も何かを達成したからと言って、それを後生大事に記念として抱えていては、自分を縛る枷になるでしょう。「オレの現役の頃はなあ…」などという老害爺にはなりたくないものです。

してみると、雪かきとは人生の縮図であるともいえましょう。なんと奥深い作業でありましょうか…。てなことを思わないととてもやってられないというのはありますがね…。

3ヶ月ぶりの診察で降圧剤の世話になることになった

昨年の診察で高血圧を指摘されてから、運動すればすぐ下がると高をくくり、定期的なウォーキングなどを心がけてきたのですが、これがなかなか下がりませんでした。平均すれば上が150程度、下が90程度なのですが、どうかすると上が170なんていうときもあって、自分でもやばいなあとは思います。

いっとき血圧がだいぶ下がって正常値になったことがあり、運動の成果かと思ったのですが、あとになって記録を見ると、下がっていたのは正月休みの時期で、仕事はやっていたもののなんとなく世間様ものんびりして忙しくなかった時期なのでした。

やはり血圧をあげているのは、運動不足もあるけれども、仕事のストレスや睡眠不足が一番の原因なのだろうと感じています。そしてそれはなかなか自己努力で解決できるものではありません。人員の補充を考えないといけないのですが、当世これがなかなか難問です。少し余裕のできる春までは、なんとか今のままで頑張るしかないようにも感じています。

グズグズしているうちに結局3ヶ月が経って診察日がやってきました。ぼくはおとなしく白旗をかかげ、血圧の薬を飲むことになりました。処方されたのはアムロジピンというごく一般的な高血圧の薬です。副作用もそれほどなく、ごく少量の服用からはじめることになったので、あんまり心配はないようです。

一方で貧血も進んでしまい、とうとうヘモグロビン濃度が10g/dlまで下がってきました。前回入院したときの経験からすると、10gを割るとちょっと動くと動悸が出るようになるし、9gを割るとかなり体を動かすのが面倒くさくなると思うので、これ以上は下がらないようにしなければなりません。

運動すると動悸がするけれども、血圧のためには運動をしないといけないわけで、まあ体と相談しながらぼちぼちやっていくしかありません。

白血病の方は完全寛解で治癒だし、がんの転移はないし、原発の病気は治ったのに、高血圧に貧血、アレルギーや原因不明の手の痛みなど他の不具合が続々で、なかなかうまくいかないものだなあと思います。それだけ年を取ってきたということなのでしょう。

ミライがいなくなった

12月10日のお昼ころに飼い猫のミライが失踪し、一週間が経過してしまいました。その時のことを思い出すと、返す返すも残念で本当にかわいそうなことをしてしまいました。

この一週間、近所の捜索やビラ配り、警察、保健所等への届けをするなど、できる範囲のことをしてきたのですが、未だ見つかっていません。

いなくなったヤブの中に、ダンボールの箱を置いて、中に使っていた毛布とか食べていた餌とか入れてみましたが、この二日間ほどは動物が入った形跡もありません。

失踪したのが家の前であるので、いつかひょっこり帰ってこないかと希望は持っていますが、これだけ時間が経過すると、もう近くにはいないのではないかとも思います。

いなくなってからというもの、家族の中でめっきり会話が少なくなってしまいました。

「今日は寒いね」といえば、きっと寒い思いをしているのではないかと思い、「ご飯がおいしいね」といえば、ひもじくないだろうかと思います。何かを喋るごとに、いなくなったミライに思いをはせてしまうので、言葉も自然と少なくなってしまうのです。

せめて元気にしておってほしいと思いますが、やはり帰ってきてもらいたいなとも思います。

ごく狭い範囲のことでここで書くのもはばかられるのですが、何かしら情報がありましたら、お知らせいただきたいと思います。また、このたびはFacebook等でたくさんの方にご心配や、はげましをいただき、本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

ミライ全身
ミライ近影

特徴:
– メス、生後半年(やや小さめに見えると思います)
– 濃い茶色または鳶色(やや赤みがかった茶色)
– 失踪時は「ミライ」と名が入った銅板の迷子札のついた鈴付き首輪をしていました

いなくなった場所:

人生の儚さについて

この数年、見知った人が病を得て鬼籍に入るのを次々と目の当たりにし、人生の儚さを感じます。

ぼくは若いときから病気持ちなので、それなりに知人が死んでいくのを目の当たりにしているのですが、若いときはこれほど「儚い」ということを感じておりませんでした。

若い頃に知り合った人たちは同じ病気の人が多かった。つまり同じ条件だったのです。当時の白血病は必ず最後は亡くなる病気であったので、あとに逝くか先に逝くかの違いはあっても、みんないずれは死ぬのだという思いだけでした。

けれども最近はそうではありません。ぼくよりも元気だった人が、ある日突然病となり、ほんのすこし闘病をしたと思ったら、亡くなってしまう。まだまだこれからという若さで亡くなってしまう。

その方々は、ぼくががんになって大手術をした数年前に、見舞いをくれたり、心配していただいたりした方々なのに、先に逝ってしまった。一方、心配や迷惑をおかけしたぼくは未だに生き残っているのです。

人の生き死には紙一重。健康そうに見えた人がこうして亡くなっていくならば、ぼくなど明日に人生が終わっても不思議ではありません。ならば、ぼくの人生とはなんであろうか、そんなことを考えます。

最近少し過労気味なのは違いありません。無理はしてはいけないとわかってはいるのですが、未明から夜まで仕事漬けの日々が続いています。会社を維持し、従業員と家族を養っていくためにはそうせざるをえないわけですが、ふと立ち止まればこの余裕のない暮らしに呪詛の一つも唱えたくなります。

けれども、人生の儚さに思い至るとき、ぼくは呪詛の言葉を飲み込みます。

日々の暮らしに汲々として、常に足らざるを覚え、あがきながら満足を得ることができず、不平を唱えながら死んでいくならば、その人生はあまりに虚しいのではないか。

なりたかった自分になれなかった過去を恨んでも仕方ない。今の暮らしの辛さを嘆いても仕方ない。あるかどうかわからない未来への不安で鬱屈するのも虚しい。だとしたら、今できることを精一杯やっていくことで、そのときそのときの喜びや、悲しみを味わうことこそが人生の充実というものではないだろうか。今はそう思います。

けれども、なかなか達観はできないものですから、今日そう思っても明日は日々の生活に恨みつらみをぶつけているかもしれません。それでも、人生の儚さというものは常に意識をしておきたいと思います。

高血圧を改善したい

高血圧を表示する血圧計

診察で高血圧と診断される

先日、三ヶ月ぶりの血液内科の受診がありました。もともとの病気である白血病についてはあいかわらず遺伝子レベルで異常がなく、もうすっかり良くなっています。

ただ、ヘモグロビンが基準値を大きく下回って貧血が進んでいるのと、今回は高血圧を指摘されました。薬を出しましょうかと言われましたが、降圧剤は一度飲みだすと一生ものなので、なんとか次の診察まで待ってもらいました。

家に帰ってから、実際に血圧計で測ってみたら上が150mmHg、下が100mmHg。確かに言い訳できない数字です。さすがに危機感を覚えました。

原因はやはり生活習慣

ここのところ、仕事量がだんだんと増えて、睡眠時間があまり取れていないのに加え、以前は行っていたウォーキングなどの運動もほとんどしていません。そのくせ、食べる量は一丁前ですから体重も増えました。

こういう自堕落な生活を続けてきた報いが、高血圧という形で現れたのだろうと思います。白血病といい膀胱がんといい、自分ときたら何かしら体に不具合があってはじめてそこに思い至ることを繰り返しているのですから、進歩というものが全然ありません。

ここは生活を律することで、正常な数値に戻していきたいものです。

運動、瞑想、読書をしよう

まずやるべきは適度な運動でしょう。貧血があるので、あまり激しいものはできませんが、天気が悪くなければ30分位の時間は作って、歩いてみようと思います。

今まで時間を捻出することが難しいとか言ってサボっていましたが、運動の時間(と言っても歩くというアタリマエのこと)が、睡眠や食事の時間と同じくらい重要であると意識を変えようと思います。

あとは瞑想と読書。ストレスの影響をできるだけ排除するために、精神的にもう少し豊かにならないといけないと思います。ストレスを解消するために目の前の享楽を追うよりも、もっと高いところに喜びを見出すようにしたいものです。

これからToDoアプリに「運動」「瞑想」「読書」の三項目を入れて、毎日チェックしていきます。次の診察まで、きっちりそれらをこなしても改善しなかったら、おとなしく薬を服用することにしましょう。

次回検査は来年の2月です。三ヶ月あればなんとかなるのでは…いやなんとかしたいです。